「人の心のバケツに、承認という名の黄金の水を注いであげよう」 誰の言葉なのかは存じ上げないが、とても良い言葉だと思う。その反面、「承認」というものがやや独り歩きしている感も否めない昨今である気もしている。本来、「承認」というものはひどく客観的なもので、社会や組織などの自分の外の世界が、そのルールや価値観の中に他者を受け入れるという動きを指すものであるが、近年のSNSなどを見ていると、「自分の存在を受け入れてほしい」という、主観的な心の動きが強く作用しているように見えてしまう。 「ありのままの自分を受け入れてほしい」 なんとわがままなことなのだろう。 相手の嗜好の如何に関わらず、自分を相手の境界に入れろと言っているのだから。 なんと傲慢なことなのだろう。 クリック一つですべてを消し去れるつもりでいるのだから。 なんと儚いことなのだろう。 それが砂上の楼閣であると気づいていないのだから。 "Pour the golden water of recognition into the bucket of the human heart." I don't